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松本大学 総合経営学部
観光ホスピタリティ学科教授 山根 宏文
専門 : 観光振興、観光企画、観光マネジメント
学会 : 日本国際観光学会
同志社大学卒
今から三十三年前に、大学生の私が法律の講義を受けているときに、先生が雑談を始めたのでした。
「パリのシャンゼリゼ通りのカフェで座って、道行く人を眺めるだけで人生観は変わるよ」と、たった1分間の雑談でしたが、堅苦しい授業の合間に目を輝かせながら言った言葉は、これからの将来をどのように生きたら良いのか漠然としなかった、田舎から出てきた二十歳前の私にとって印象強いものでした。
その翌日から、アルバイトを始め、ニ年間貯めたお金で1年近くヨーロッパを放浪しました。今のように、インターネットや旅の情報が豊富ではなく、現地の人たちに尋ねながら気の向くままの旅を続けました。その時の感動が忘れられずに、旅行会社に就職し二十六年間勤めて、その間に二百五十回位の海外添乗を経験し、五十カ国、三千日くらい観光地を訪問してきましたが、学生時代に体験した以上の感動を得ることは決してありませんでした。なぜなのか、始めて訪れた所と、ニ回目に訪れた所では感動が薄れると思いますが、そうではありません。最初にヨーロッパを旅した時は、ユースホステルか安宿であり、食事も市場で買って公園で食べたり、屋台で食べたりしていました。旅行会社のツアーは比較的豪華な宿に宿泊し、フルコースの食事をしていました。豪華な宿やフルコースの食事はその時は楽しいのですが、宿や食事は月日がたつうちに想い出は薄れてきます。しかし現地の人とのふれあいで得た感動や、知らない町に立ち寄って予期しない感動を体験した想い出は、月日がたっても一つ一つ鮮明に覚えているものです。

スペインの田舎をバスで旅行中に、必死で話しかける老人の人がいました。
当然スペイン語ですから理解できないのですが、その時に乗客たちが集まってきて身振り手振りを使ってみんなで教えてくれました。実は、「間違った行き先のバスに乗っているので、乗り換えなさい」ということでした。
しかも、最終バスですから乗り遅れたら今晩中に目的地には着けないので必死だったのです。こちらは、そんなこと何もわかっていませんでした。たまたま、バスに乗り合わせた異国の旅人のことまで気にかけ、言葉もわからないのに必死で話しかける老人の心優しい気持に感動したものでした。
イタリアでは、バスに乗って自分の目的地に行けるのか確認したところ、運転手が「前の席に座っていなさい。近づいたら俺が教えてやるから」と言って前の席を指差しました。そして、降りる時に礼を言うと下車する人に私の行き先を知らせ、「近くまで案内してあげてくれ」と言ってくれました。一人で旅をしていると、心細いことも多いのですが、それゆえ他人の温かい気持ちを受け入れ、より深く感動するのでしょう。何かあれば、添乗員に頼るパッケージ旅行とはあきらかに違うのです。
現在のパッケージツアーでは、短い日程のなかに、出来るだけ多くの観光地を組み込み、廉価な費用で勝負するのが主流になっています。そのためには、便利な高速道路を使い、食事も出来るだけ早くサービスしてくれるところを利用し、観光施設から観光施設を巡るのです。満足度とは、値段わりにどれだけ多くのものを見学できたかと言うことになります。このような旅に、本物の感動は生まれるのでしょうか。
旅に多くの感動を求めるならば、第一に、その地域でなければ味わえないものをどれだけ多く体験するかということです。第二に、目的地に行くまでの行程をいかに活かすかと言う事です。高速道路を走っても感動は生まれません。地道を走り、変化のある町の雰囲気を味わいながら、地域の人とのふれあいを楽しみながら旅をするのが本来の旅の楽しみ方です。そこには、情報化、スピード化、IT化時代に忘れられてしまった、旅の楽しみの本質と、人間として生きていくための大切なものがあるはずです。
今世紀の旅は、スロージャーニーの時代と言っても過言ではありません。こんな時代だからこそ、スローな旅をして、予期せぬ感動に出会って下さい。これが、きっと、生涯忘れえぬ旅の想い出となっていきます。